マーケティングは”売れないものを売る技術”ではない──商品の価値を問い直すことから始めよう
1. マーケティングの誤解を解く
1-1. “口先のテクニック”という根深い誤解
「売れないものを無理やり売る技術」「巧妙な言葉で騙して買わせる手法」──多くの人がマーケティングに抱く印象です。この誤解は、企業と顧客の間に不必要な対立構造を生み出しています。
企業は「どう売り込もう」と考え、顧客は「また売り込まれる」と身構える。この悪循環では、本来の相互利益が実現できません。現代の消費者は表面的な訴求を見抜く力を持っているため、小手先のテクニックはむしろ逆効果になります。
1-2. 真のマーケティングは「価値を届ける構造の設計」
マーケティングの本質は、以下の3つの要素で構成されています:
- 価値の発見と創造 – 顧客が本当に求めているものを理解し、それに応える価値を明確にする
- 適切な顧客との出会いの設計 – その価値を必要とする人に、適切なタイミングで届ける仕組みを作る
- 持続可能な関係性の構築 – 一度きりの取引ではなく、長期的な信頼関係を築く
つまり、マーケティングは広告宣伝だけでなく、商品・サービス自体を磨き上げることも含む「価値を届ける構造を設計する技術」なのです。顧客の声を最も聞く立場にあるマーケターだからこそ、プロダクトの改善提案も重要な役割の一つです。
2. なぜ企業は自社商品を客観視できないのか
2-1. 「良い商品だから売れるはず」という思い込みの正体
多くの企業が陥る最大の罠は、「自社商品=良い商品」という無意識の前提です。開発に時間と予算をかけ、機能的に優れた商品を作れば、顧客は当然欲しがるはずだと考えてしまいます。
しかし、これは典型的な「プロダクトアウト思考」の落とし穴です。企業内では以下のような会話が繰り返されます:
- 「こんなに便利な機能があるのに、なぜ売れないんだ?」
- 「競合よりも性能が上なのに、価格で負けているのか?」
- 「マーケティングの訴求が弱いんじゃないか?」
問題は、これらの議論がすべて「商品の価値は既に確立されている」という前提で行われていることです。本当に問うべきは「そもそもこの商品の価値は顧客にとって意味があるのか?」という根本的な疑問なのです。
2-2. 社内の思考バイアスが生み出す3つの盲点
企業が自社商品を客観視できない背景には、組織特有の思考バイアスがあります:
盲点1:開発者バイアス 商品開発に携わった人ほど、その商品に愛着を持ち、客観的な評価ができなくなります。「こんなに苦労して作ったのだから、価値があるはずだ」という感情的な判断が、冷静な分析を妨げます。
盲点2:社内常識バイアス 社内では当たり前の専門用語や概念が、顧客にとっては全く理解できないものであることに気づけません。「この機能の素晴らしさがなぜ伝わらないのか」と嘆く前に、そもそも顧客がその機能を求めているかを確認する必要があります。
盲点3:成功体験バイアス
過去に成功した商品の延長線上で考えてしまい、市場や顧客ニーズの変化に気づけません。「前回はこの方法で売れたから、今回も同じはずだ」という思考が、新しい価値創造を阻害します。
これらのバイアスを乗り越えるには、意識的に「外部の視点」を取り入れる仕組みが必要です。そのための具体的な方法を次章で解説します。
3. 商品の価値を客観視する5つの質問
3-1. 価値を問い直すための具体的チェックリスト
自社商品の価値を客観的に評価するために、以下の5つの質問を順番に検討してください。これらの質問に明確に答えられない場合は、商品の価値設計を見直す必要があります。
質問1:顧客の「困った」を具体的に言えますか? 「忙しい人向け」「効率化を求める企業向け」といった曖昧な表現ではなく、「毎朝の準備時間を10分短縮したい共働き夫婦」のように、顧客の具体的な困りごとを一文で表現できるかを確認します。
質問2:その困りごとは、顧客が実際に「お金を払ってでも解決したい」レベルですか? 困りごとがあっても、それが「あったらいいな」程度なのか、「絶対に解決したい」レベルなのかで、購買意欲は大きく変わります。顧客が現在、その課題解決のために何らかの代替手段にお金を使っているかを調べてください。
質問3:競合他社ではなく、なぜあなたの商品でなければならないのですか? 機能比較表での優位性ではなく、顧客の感情に響く独自の価値を説明できるかが重要です。「他社でも似たようなことはできるが、私たちならではの○○がある」という差別化ポイントを明確にしてください。
質問4:商品名を聞いただけで、顧客は何の課題が解決されるかイメージできますか? 優れた商品は、その名前を聞いただけで顧客が「自分の生活がどう変わるか」をイメージできます。専門用語や社内用語ではなく、顧客の日常語で価値を表現できているかを確認してください。
質問5:この商品がなくなったら、顧客は本当に困りますか? 最も厳しい質問です。顧客が「代替手段を探す」のか「諦めて我慢する」のかで、商品の本質的な価値が見えてきます。前者であれば価値がある商品、後者であれば価値の再定義が必要です。
3-2. 失敗例と成功例で見る価値再定義のパターン
失敗例:高機能だが売れなかった業務用ソフトウェア
ある企業が開発した業務用ソフトウェアは、競合他社の2倍の機能を持ちながら売上が伸び悩んでいました。5つの質問で分析した結果:
- 質問1:「業務効率化を求める企業」→曖昧すぎる
- 質問2:現在の業務に大きな不満はない→緊急性が低い
- 質問3:高機能すぎて使いこなせない→差別化が逆効果
- 質問4:商品名が専門用語だらけ→価値が伝わらない
- 質問5:現状のやり方で十分間に合う→必要性が低い
成功例:価値を再定義した結果
同じソフトウェアを「残業時間を月20時間削減する業務自動化ツール」として再定義し、以下の変更を実施:
- ターゲットを「残業に悩む中小企業の経営者」に特化
- 機能を絞り込み、「3つの作業だけ」を自動化することに集中
- 商品名を「残業ゼロ君」に変更(分かりやすさを重視)
- 導入効果を「月の人件費○万円削減」で具体的に提示
結果として、売上が6か月で3倍に成長しました。商品の本質的な機能は変わっていませんが、価値の伝え方を顧客視点で再構築したことが成功の要因です。
4. マーケターがプロダクト部門を動かす方法
4-1. 抵抗を招かずに商品改善を提案する具体的アプローチ
マーケターが商品改善を提案する際、プロダクト部門から「マーケティングが商品に口出しするな」という反発を受けることがあります。この抵抗を避けながら、建設的な議論を進める方法を解説します。
ステップ1:批判ではなく「顧客の声」として伝える
「この機能はいらないのでは?」ではなく、「お客様から『この機能の使い方が分からない』という声が多く寄せられています」という形で伝えます。マーケターの意見ではなく、顧客の声として位置づけることで、プロダクト部門の防御的な反応を避けられます。
ステップ2:データを武器にする
感覚的な意見ではなく、具体的なデータを用意します:
- カスタマーサポートへの問い合わせ内容の分析
- 既存顧客へのインタビュー結果
- 競合他社の顧客流出理由
- ユーザビリティテストの結果
ステップ3:「改善案の共同検討」という形で巻き込む
「この課題をどう解決すればいいでしょうか?」という相談形式で議論を始めます。プロダクト部門に解決策を考えてもらうことで、当事者意識を高め、協力的な関係を築けます。
ステップ4:小さな成功体験を積み重ねる
最初から大きな変更を求めるのではなく、影響範囲の小さい改善から始めます。小さな成功を積み重ねることで、「マーケターの提案は的確だ」という信頼関係を構築できます。
4-2. 顧客の声を武器にした社内説得術
最も効果的な説得材料は、顧客の生の声です。以下の方法で顧客の声を収集し、社内での影響力を高めましょう。
収集方法1:既存顧客への深堀りインタビュー
売上データだけでは見えない、顧客の感情や使用実態を把握します:
- なぜこの商品を選んだのか?
- 実際に使ってみてどう感じたか?
- どの機能を最も評価しているか?
- 改善してほしい点は何か?
収集方法2:失注理由の徹底分析
営業担当者から失注理由をヒアリングし、パターン化します:
- 価格が理由なのか、機能が理由なのか?
- 競合他社の何が評価されたのか?
- 顧客の期待と商品の機能にどんなズレがあったのか?
活用方法:「顧客の声レポート」として定期配信
収集した声を整理し、月1回程度で社内に配信します。重要なのは以下のポイント:
- 具体的な顧客名や業界を明記(匿名化した上で)
- 感情的な表現もそのまま記載
- 改善提案とセットで提示
- 成功事例も必ず含める
このように顧客の声を体系的に収集・活用することで、マーケターの発言力が格段に向上し、プロダクト改善を主導できるようになります。
5. 売れる構造の設計と実践
5-1. 価値×顧客視点×タイミングの具体的な見つけ方
理論的には「価値×顧客視点×タイミング」が重要だと分かっていても、実際にその交差点を見つけるのは困難です。ここでは、具体的な見つけ方を3つのステップで解説します。
ステップ1:価値の棚卸し
自社商品が持つ価値を、以下の4つの軸で整理します:
- 機能的価値:何ができるか(時短、コスト削減、品質向上など)
- 感情的価値:どんな感情をもたらすか(安心、達成感、優越感など)
- 社会的価値:周囲からどう見られるか(信頼される、評価される、尊敬されるなど)
- 象徴的価値:何を表現できるか(先進性、こだわり、ライフスタイルなど)
ステップ2:顧客視点の解像度を上げる
ペルソナ設定ではなく、実在する顧客の具体的な行動パターンを観察します:
- 平日と休日の行動の違い
- 情報収集から購入までのプロセス
- 意思決定に関わる人物と影響度
- 購入後の使用頻度と満足度の変化
ステップ3:タイミングの特定
顧客が「欲しい」と思う瞬間を具体的に特定します:
- 季節やイベントに関連するタイミング
- ライフステージの変化のタイミング
- 競合他社に不満を感じるタイミング
- 新しい課題に直面するタイミング
この3つの要素が重なる地点が、最も売れやすい「スイートスポット」です。
5-2. 明日から始められる価値再設計アクション
最後に、この記事を読んだ今日から実践できる具体的なアクションプランを提示します。
今週中に実施すること
- 5つの質問で自社商品を診断する 前述の5つの質問に、チーム全員で回答してみてください。答えに詰まった質問が、改善すべきポイントです。
- 顧客の声を10件収集する 既存顧客への電話インタビューやメール調査で、生の声を集めてください。量より質を重視し、深く聞き込むことが重要です。
- 競合他社の価値提案を分析する 競合他社のWebサイトやパンフレットから、どのような価値を訴求しているかを分析し、自社との違いを明確にしてください。
今月中に実施すること
- 価値提案の再定義 収集した情報をもとに、自社商品の価値提案を顧客の言葉で書き直してください。社内用語を一切使わず、中学生でも理解できる表現を心がけます。
- プロダクト部門との対話開始 前述の方法で、プロダクト部門との建設的な議論を始めてください。最初は小さな改善提案から始めることが成功の鍵です。
- テストマーケティングの実施 新しい価値提案で小規模なテストを実施し、市場の反応を確認してください。完璧を求めず、まずは市場からの学習を重視します。
継続的に実施すること
- 月1回の顧客インタビュー
- 競合分析の定期更新
- 社内での価値提案の浸透活動
- 顧客満足度の定量的測定
マーケティングは「売れないものを売る技術」ではありません。「本当に価値のあるものを、それを必要とする人に、適切な形で届ける技術」です。そのためには、まず自社商品の価値を客観的に見つめ直すことから始めなければなりません。
この記事で紹介した方法を実践することで、広告や宣伝に頼らない、本質的で持続可能なマーケティングを実現できるでしょう。価値ある商品と適切な伝え方が組み合わさった時、売れる構造は自然に生まれるのです。