ABMがうまくいかない7つの理由|停滞を立て直す3層フレーム
ABM(アカウントベースドマーケティング)は、自社にとって価値の高い特定企業をターゲットとして定め、マーケティングと営業が一体となって個別最適化されたアプローチを行うBtoBマーケティング手法です。広く見込み顧客を集めるリードジェネレーションとは異なり、最初から「攻略すべき企業」を絞り込んで、組織的にアプローチする点が特徴です。
このABMを導入したものの、こんな状況に心当たりはありませんか?
- 半年運用しているが、商談化したアカウントが片手で数えるほどしかない
- 営業から「結局リードが来ない」と言われ、社内で立場が悪くなっている
- 経営層から「ABMの効果はあったのか」と問われたとき、明確に答えられない
- 自分の進め方が間違っているのか、ABMが自社に合わないのかすら判断できない
【このような方におすすめの記事です】
- ABMを導入したが半年〜1年経っても成果が出ていないマーケティング責任者
- ABMの推進担当として、停滞の原因と打ち手を探している実務担当者
- ABM導入を検討中で、失敗リスクを事前に精査しておきたい意思決定者
【この記事でわかること】
- ABMが失敗する原因を「3つの層」で整理した独自フレーム
- 7つの代表的な失敗パターンと、業種別の具体的なストーリー
- それぞれの失敗を回避するための具体的な打ち手
- 停滞しているABMを立て直す3ステップ
- 自社の状況を診断するためのチェックリスト
【この記事を読むメリット】
- 自社のABMがどの層で詰まっているかが特定できる
- 「実行を頑張れば解決する」という誤解から抜け出せる
- 立て直しの優先順位が明確になり、明日から動ける
【この記事の信頼性】
本記事は、フェノメノン株式会社が15年以上にわたりマーケティング支援を行ってきた実務経験に基づいています。公式ドキュメントおよび一次情報を参照し、実際に成果を上げたプロジェクトの知見を元に、記事を作成しています。編集方針などはこちらからご覧いただけます。
【読了時間】:約12分
それでは、まずABMが「うまくいかない」原因をどう整理すればいいかから見ていきましょう。
ABMがうまくいかない原因は「3つの層」に分けられる
【このセクションのポイント】
- 失敗は「戦略層」「組織層」「実行層」の3つに分類できる
- 多くの企業は実行層の問題と思い込み、根本原因を見逃している
- 層を特定すれば、打ち手の優先順位が明確になる
ABMがうまくいかない原因を、私たちは「戦略層」「組織層」「実行層」の3層で整理しています。戦略層は「誰に・何を・なぜやるのか」の設計、組織層は「営業との連携と推進体制」、実行層は「コンテンツ・データ・ツール」の運用です。
現場で起きている症状は、ほとんどが実行層に現れます。「コンテンツが足りない」「ツールが使いこなせない」「データが取れない」というように。
しかし、原因まで遡ると、戦略層や組織層に根を持つことが圧倒的に多い。たとえば「コンテンツが作れない」のは、本当の原因が「ターゲットアカウントが広すぎて何を作ればいいか分からない」だったりします。これは戦略層の問題です。
実行層だけを直そうとして、コンテンツを増やしたり、新しいツールを入れたりしても、根本原因が戦略層にある限り、いつまで経っても成果は出ません。
「うまくいかない」には3つの停滞パターンがある
【この項目のポイント】
- 立ち上がらないパターン:着手はしたが、活動が始まらない
- 動いているが成果が出ないパターン:活動は回っているが商談化しない
- 形骸化していくパターン:当初の熱量が失われ、活動が縮小していく
ひとくちに「うまくいかない」と言っても、停滞には3つのパターンがあります。
ひとつ目は、立ち上がらないパターン。経営会議でABM導入が決まり、ツールも入れたものの、誰がいつ何をやるのかが決まらず、半年経っても本格稼働していない状態です。
ふたつ目は、動いているが成果が出ないパターン。リスト作成、コンテンツ配信、インサイドセールス連携など、活動自体は動いている。しかし商談化したアカウントは数社で、施策の効果なのか偶然なのかも判別できない状態です。
みっつ目は、形骸化していくパターン。最初の3〜6ヶ月は熱量があったが、成果が見えないまま運用負担だけが残り、徐々に活動が縮小。気づけばツールだけが残り、誰も触らなくなっている状態です。
どのパターンも、表面的な症状は違いますが、3層フレームで原因を分解すると、共通の構造が見えてきます。
【筆者の見解】
私たちが15年間、BtoB企業のマーケティング支援をしてきて確信しているのは、「ABM失敗の8割は、実行層の症状に見えて、戦略層・組織層が原因」ということです。
ABMが停滞している企業に「何が問題ですか」と聞くと、ほぼ全社が「コンテンツが足りない」「ツールが使いこなせない」と答えます。しかし、戦略層・組織層から順に質問していくと、ターゲットの定義が曖昧だったり、営業を巻き込めていなかったりするケースがほとんどです。
実行層から手を入れても、いつまでも穴の空いたバケツに水を注ぐ状態が続きます。立て直しの第一歩は、自社の失敗が「どの層に根を持つか」を正確に特定することです。
【このセクションのまとめ】
- ABMの失敗は戦略層・組織層・実行層の3つに分類できる
- 表面的な症状はほぼ実行層に現れるが、根本原因は上の層にあることが多い
- 層を特定せずに対症療法を繰り返しても、成果は出ない
3層フレームを押さえたところで、まずは戦略層の失敗から具体的に見ていきましょう。
【FAQ】
Q:戦略層・組織層・実行層は、必ずこの順番で考えるべきですか? A:原因の追究と立て直しは、必ず戦略層→組織層→実行層の順で進めてください。逆順に進めると、上位層の問題が解決されないまま実行層だけ整え、結局成果が出ない事態になります。診断は実行層の症状から入って構いませんが、打ち手を考える順序は上から下が鉄則です。
戦略層の失敗|「誰に・何を・なぜ」の設計ミス
【このセクションのポイント】
- 戦略層の失敗は「ターゲット設計」と「目的設計」の2種類
- 表面的には実行が止まって見えるが、根本原因はここにある
- 戦略層を見直さない限り、実行をいくら改善しても成果は出ない
戦略層の失敗は、ABMを始める前に決めておくべき「誰に・何を・なぜ」の設計が曖昧なまま走り出してしまうことで発生します。
戦略層が厄介なのは、走り出した後では問題に気づきにくいことです。リスト作成、コンテンツ配信、インサイドセールスとの連携、ツール運用など、現場では確実に活動が動いている。担当者は日々忙しく働いている。それなのに半年後に振り返ると、商談化したアカウントは数社で、何が効果的だったのかも分からない。
この状態に陥ったとき、現場は「もっとコンテンツを増やそう」「ツールの設定を見直そう」と実行層に手を入れます。しかし、根本原因が戦略層にある場合、実行層をいくら磨いても成果は出ません。戦略層の失敗は、現場の頑張りでは絶対にカバーできないというのが、私たちの一貫した見解です。
代表的な失敗パターンを2つ紹介します。
失敗1|ターゲットアカウントが「広すぎる・曖昧すぎる」
【この項目のポイント】
- リストが500社・1,000社規模になると、誰も追いきれない
- 「重要顧客っぽい企業」を集めただけのリストは機能しない
- 30社・100社・300社の3階層で設計するのが現実的
産業機器メーカーG社の話です。ABM導入を決めた経営会議で、「上位500社をターゲットに」という方針が示されました。マーケティング部門の担当者は、業界データベースから売上規模順に500社のリストを作成し、営業部門に共有しました。
しかし、ここから動きが止まります。500社をどう優先順位づけするか、誰が・どの順番で・何回アプローチするかが決まらない。コンテンツ部門は「500社向けのコンテンツ」と言われても、業種も企業規模もバラバラで、何を作ればいいか分かりません。
3ヶ月後、活動はほぼ停止していました。リスト全体に薄く配信したメルマガが月1回送られているだけ。商談化はゼロ。経営会議で「ABMはうちには合わなかった」と総括され、予算は翌年度から削減されました。
こうすれば防げた
ターゲットアカウントは「全社共通の1つのリスト」ではなく、3階層で設計します。第1階層は最重要30社(経営層含めた個別アプローチ対象)、第2階層は重要100社(インサイドセールスとパーソナライズメールが中心)、第3階層は監視対象300社(自動化された施策で動向把握)という構造です。
500社の単一リストは「全員にやる」と言って結局誰にも何もできない状態を招きます。最初の3ヶ月は第1階層の30社だけに集中し、ここで成功事例を作ってから第2・第3階層に広げる方が、成果が出ます。
失敗2|「ABMでやる意味」が言語化されていない
【この項目のポイント】
- 「競合がやっているから」で始めたABMは、KPIが決まらない
- 「なぜリードジェネレーションではなくABMなのか」を1文で説明できるか
- 目的が曖昧だと、半年後に「何をもって成功か」が判断できない
SaaS企業C社の話です。経営層が業界カンファレンスで「ABMが成果を出している」という話を聞き、「うちもやろう」と方針が下りました。マーケティング責任者は急いでツールを選定し、3ヶ月で導入。コンテンツも準備し、活動を開始しました。
ところが、半年経って経営会議で進捗報告をする段になり、責任者は答えに詰まります。「ABMをやっている」という活動報告はできるが、「ABMで何が達成できたか」が説明できない。リード数は増えたが、それは並行して動いていた広告施策の効果かもしれない。商談化数はほぼ横ばい。
経営層から「結局ABMは何のためにやっているのか」と問われ、責任者は「中長期的な顧客育成のため」と苦しい答えを返しました。翌月から経営層の関心は薄れ、予算は維持されたものの、社内での優先順位は下がっていきました。
こうすれば防げた
ABM導入前に、「なぜリードジェネレーションではなくABMなのか」を1文で言語化します。たとえば「単発のリード獲得では拾えない、検討期間6ヶ月以上のエンタープライズ案件を、複数の意思決定者へのアプローチで獲得するため」というように。
この1文が言えないなら、ABMをやる準備ができていません。ABMは「マーケティング活動を高度化する手法」ではなく、「特定のターゲットに対する組織的な営業アプローチ」です。リードジェネレーションと並列の選択肢ではなく、補完関係にあるものとして位置づける必要があります。
【筆者の見解】
戦略層の失敗には、現場の頑張りで挽回できないという特徴があります。ターゲット定義が曖昧なまま走ると、コンテンツチームもインサイドセールスチームも、何に向けて何をすればいいか分からないまま動くことになり、結局誰も成果を出せません。
私たちが支援先で最初にやるのは、ほぼ毎回「ターゲットアカウントの再定義」と「ABMでやる意味の言語化」です。ここを2週間かけて整理し直すと、その後の実行スピードが3倍は変わります。逆に、ここを飛ばして実行層から立て直そうとした企業で、成果が出たケースを私たちは見たことがありません。
【このセクションのまとめ】
- ターゲットは3階層で設計し、まずは最重要30社に集中する
- 「なぜABMをやるのか」を1文で言語化できないなら、まだ始めるタイミングではない
- 戦略層の失敗は、現場の頑張りでは絶対にカバーできない
戦略層の次は、組織層の失敗を見ていきます。戦略が正しく設計されていても、営業との連携と推進体制が脆弱だと、ABMは止まります。
【FAQ】
Q:ターゲットアカウントを30社に絞るのは、対象が少なすぎませんか? A:最初の3〜6ヶ月は30社で十分です。ABMは1社あたりに投じるリソースが大きく、30社でも10名のチームで全社をカバーするのは現実的ではありません。30社で「型」を作り、成功パターンが見えてから拡張するのが最短ルートです。
組織層の失敗|営業と分断したマーケティング
【このセクションのポイント】
- 組織層の失敗は「営業との分断」と「推進体制の脆弱さ」
- ABMは営業との連携が前提のため、組織設計の失敗が致命傷になる
- 推進担当の体制を整えないと、活動は3〜6ヶ月で止まる
組織層の失敗は、戦略が正しく設計されていても発生します。ABMは本質的に「マーケティングと営業の共同プロジェクト」であり、どちらか一方が独走すると必ず破綻します。
失敗3|営業がターゲットリストに納得していない
【この項目のポイント】
- マーケが単独で作ったリストを、営業は使わない
- 営業の納得感がないと、インサイドセールスとフィールドセールスの連携が崩壊する
- リスト作成は営業との「共同作業」で進めるのが鉄則
会計系SaaSベンダーH社の話です。マーケティング部門が、ABMツールのスコアリング機能を駆使して、最重要50社のリストを作りました。業界・企業規模・過去の接触履歴・サイト訪問データを組み合わせた、データドリブンな精緻なリストです。
このリストを営業部門に共有したところ、表面的には「ありがとうございます」と受け取られました。しかし、3ヶ月後にリストの追跡状況を確認すると、リスト50社のうち営業が実際にアプローチしていたのは8社だけ。残りの42社は手つかずでした。
営業マネージャーに理由を聞くと、こう返ってきました。「リストには確かに大手企業が並んでいるが、自分たちが実際に商談化できる確度が高いのは、別の中堅企業群です。マーケが作ったリストは、机上の重要顧客であって、営業の現場感覚と合っていない」
マーケと営業の対立が表面化し、その後ABM活動全体への営業の協力姿勢が冷えていきました。
こうすれば防げた
ターゲットリストの作成は、マーケが単独で進めず、営業との共同作業にします。具体的には、マーケが「データに基づく候補リスト100社」を提示し、営業が「現場感覚での重要度・確度」で再評価する2段階プロセスを取ります。
最終リストは、両者の視点を統合したものになります。この共同作業を経たリストは、営業が「自分たちが選んだ」という当事者意識を持つため、その後のアプローチ実行率が大きく上がります。リスト作成の段階で営業を巻き込めていない時点で、その後の連携も期待できません。
失敗4|推進担当が「兼任の片手間」で動いている
【この項目のポイント】
- 兼任担当に丸投げされたABMは、3〜6ヶ月で必ず止まる
- 専任でなくても、最低0.5人月の確保が必要
- 経営層がABMを「重要施策」と位置づけているかが問われる
人材サービスF社の話です。ABM導入が決まり、推進担当としてマーケティング部の中堅担当者がアサインされました。ただし、既存業務(広告運用、メルマガ配信、イベント運営)は維持したままで、ABMは追加業務という扱いです。
最初の1ヶ月は、担当者の熱量で活動が立ち上がりました。リスト作成、コンテンツ準備、インサイドセールスとの連携設計まで、夜遅くまで作業を進めました。
しかし2ヶ月目、既存の広告施策で成果が出ない局面が来て、緊急対応が増えました。3ヶ月目、大型イベントの準備が重なりました。担当者の時間は既存業務に吸われ、ABM関連のミーティングは「来週に延期」が続きました。
4ヶ月目には、ABMのリストもコンテンツも更新が止まり、5ヶ月目には事実上の活動停止。半年後の振り返りで、「担当者の業務負荷が高すぎた」という結論になりましたが、ABM活動は再開されないまま、予算は他施策に振り替えられました。
こうすれば防げた
ABM推進担当には、最低でも0.5人月(月10〜12営業日)の専任工数を確保します。フルタイム専任が理想ですが、組織規模の制約で難しい場合でも、半分の工数は死守する必要があります。
加えて、既存業務の何を「やらない」かを明示します。「ABMをやりつつ、既存業務も全部維持」という前提では、必ず破綻します。経営層が「ABMを重要施策と位置づけている」のなら、既存業務の優先順位を下げる判断も含めてサポートする必要があります。これがなければ、ABMは「経営の言葉だけは重要、実態は片手間」になります。
【私たちの実務経験から】
ABMの組織設計で、私たちが繰り返し伝えているのは「営業を巻き込むのではなく、主役にする」という考え方です。
マーケティング業界では「営業を巻き込む」という言葉がよく使われますが、この表現自体が、マーケが主・営業が従という構図を含んでいます。ABMにおいては逆で、最終的に商談を獲得し、受注するのは営業です。マーケはその支援役に徹する方が、組織が機能します。
私たちの支援先で、ABMで成果を出している企業を見ると、ほぼすべてで営業マネージャーがABMプロジェクトの実質的なオーナーになっています。マーケはデータ提供と施策実行を担い、優先順位の判断は営業が握る。この役割分担が、組織層の失敗を回避する最大のポイントです。
【このセクションのまとめ】
- ターゲットリストは営業との共同作業で作る(マーケ単独はNG)
- 推進担当には最低0.5人月の専任工数を確保する
- ABMは「営業を巻き込む」のではなく「営業を主役にする」プロジェクト
戦略層と組織層が整っても、最後の関門が実行層です。ここで詰まる企業も多いので、3つの代表的な失敗を見ていきましょう。
【FAQ】
Q:営業を主役にすると、マーケティング部門の存在意義が薄れませんか? A:逆です。営業が主役のプロジェクトを支援できる組織として、マーケティングの価値が高まります。データ分析、コンテンツ制作、施策実行といったマーケの専門性は、営業単独では絶対に出せない価値です。役割分担が明確になることで、両部門の連携が強化されます。
実行層の失敗|コンテンツ・データ・ツールのギャップ
【このセクションのポイント】
- 実行層の失敗は「コンテンツ不足」「データ不足」「ツール過信」の3種類
- 戦略・組織が整っていても、実行で詰まれば成果は出ない
- 「ツールを入れれば解決する」という誤解が、最大の落とし穴
実行層の失敗は、戦略・組織が整っていることが前提で発生する課題です。ここで詰まる原因の多くは「準備不足」と「ツールへの過剰な期待」に集約されます。
失敗5|アカウント別のコンテンツが用意できていない
【この項目のポイント】
- 汎用コンテンツしかないと、アカウントへの提案が刺さらない
- 全アカウント分のパーソナライズは現実的に不可能
- まずは3〜5社向けに「型」を作り、再利用可能な形にする
専門商社I社の話です。ABM導入後、ターゲット30社へのアプローチが始まりました。インサイドセールスがメールを送り、サイト訪問してくれたアカウントに営業がフォローする流れです。
ところが、アプローチに使うコンテンツが、過去のオウンドメディア記事と汎用ホワイトペーパーしかありません。「業界トレンド」「DXの進め方」といった、誰に送っても違和感はないが、誰の心にも刺さらないコンテンツです。
ターゲット30社のうち、メール開封率は20%程度、ホワイトペーパーダウンロードは2社のみ、商談化はゼロという結果になりました。営業からは「これじゃ刺さらない」という声が上がりましたが、マーケ側も「30社それぞれにコンテンツを作るのは無理」と返し、議論が膠着しました。
こうすれば防げた
全アカウント分のフルパーソナライズは現実的ではありません。代わりに、3〜5社の代表的なアカウント向けに「型」を作ります。たとえばターゲットの中に自動車部品メーカーが複数あるなら、「自動車部品メーカー向けの調達コスト削減提案」というテーマで、業界課題・自社の解決策・他社事例を組み合わせた専用資料を作る。
この「型」ができれば、業界が近い他の自動車部品メーカーにも、軽微な調整で再利用できます。30社を5つの業種・課題タイプにグルーピングし、5種類の「型」を作る。これだけで、汎用コンテンツでは到達できない刺さり方ができます。
完璧なパーソナライズではなく、「グループ単位のセミパーソナライズ」が実行層の現実解です。
失敗6|行動データが取れず、効果測定ができない
【この項目のポイント】
- 誰が・どのアカウントが・何に反応したかが分からないとPDCAが回らない
- データ取得設計はツール導入前に決めておく
- 最低限「アカウント単位の行動可視化」だけは死守する
クラウドインフラ事業者D社の話です。ABMツールを導入し、メール配信、サイトトラッキング、コンテンツ配信を始めました。半年後、効果測定をしようとした段階で問題が発覚します。
サイト訪問データはあるが、IPアドレス単位でしか取れておらず、どのアカウントの誰が訪問したかが特定できない。メール開封データはあるが、個人単位のみで、アカウント単位の集計ができない。コンテンツダウンロードのフォームには、個人情報は入っているが、企業コードとの紐づけが弱い。
つまり「ターゲット30社のうち、どのアカウントが・どのコンテンツに・どれだけ反応したか」が、データから読み取れない状態でした。経営層から「ABMの成果は」と問われても、定量的な回答ができません。担当者は手作業でデータを突合しようとしましたが、3週間かけても完成せず、結局ABM活動の効果は「定性的にはありそうだが、数字では証明できない」という曖昧な報告になりました。
こうすれば防げた
ABM導入時、ツール選定と並行して「最低限取るべきデータ」を設計します。アカウント単位の行動可視化(誰が・どのアカウントの・誰が・何に反応したか)が取れる状態を作るのが、最優先です。
具体的には、サイト訪問のIPアドレスからアカウントを特定するリバースIP機能、フォーム情報と企業マスタの自動連携、メール配信ツールのアカウント単位集計機能。これらを「導入後に整備する」ではなく、「導入時に設計する」のが鉄則です。データ設計を後回しにすると、半年後にPDCAが回らないことが確定します。
失敗7|ツール先行で導入し、運用が追いつかない
【この項目のポイント】
- 高機能ツールを入れても、運用設計がなければ機能の2割しか使えない
- ツール選定は「運用設計が固まってから」が鉄則
- ベンダーのデモに惑わされず、自社の運用工数で回せる範囲を見極める
製造業B社の話です。ABM導入を検討する中で、複数のベンダーがデモを実施しました。最も機能が豊富で、AIによるスコアリング、複雑なシナリオ分岐、高度なレポーティングを備えたツールAを選定しました。導入費用は年間500万円、初期構築費が別途200万円です。
導入から3ヶ月、ツールAの設定はベンダーのサポートを受けて完了しました。しかし、ここから運用に入る段階で問題が起きます。ツールAを使いこなすには、シナリオ設計を担当するマーケティングオートメーション専門家、データ連携を担当するエンジニア、コンテンツ配信を回す運用担当者の3名体制が想定されています。
B社のマーケティング部門は3名ですが、全員が他業務との兼任です。結果、ツールAの機能のうち、実際に使われたのは基本的なメール配信とシンプルな顧客リスト管理のみ。スコアリング機能、シナリオ分岐、高度なレポーティングは設定すらされませんでした。
1年後の更新時期、経営層から「年700万円かけて、これだけしか使えていないなら、もっと安いツールでよかったのでは」と問われ、ツール契約は更新中止になりました。
こうすれば防げた
ツール選定は「運用設計が固まってから」が鉄則です。順序としては、戦略層と組織層を整える→具体的な施策と運用フローを設計する→必要な機能を洗い出す→その機能を満たす中で最も自社の体制に合うツールを選ぶ、という流れです。
ベンダーデモを先に見ると、ほぼ確実に「機能の豊富さ」に目を奪われ、自社の運用キャパシティを超えたツールを選んでしまいます。「使う機能の8割が現有体制で運用できるか」を選定基準にすると、過剰スペックを避けられます。
ABMツールは、運用設計の代わりにはなりません。「とりあえずツールを入れれば、運用は後から考える」というアプローチで成功した企業を、私たちはまだ見たことがありません。
【フェノメノンの現場視点】
実行層の3つの失敗(コンテンツ・データ・ツール)は、すべて「準備不足」の症状です。コンテンツの型、データ取得設計、ツールの運用設計、これらはすべてABM活動を始める前に決めておくべきものでした。
私たちが支援先で必ず確認するのは、「導入から3ヶ月以内にやることリスト」と「6ヶ月以内に整備するデータ環境」の2つを、紙に書き出した状態で持っているかです。これがなければ、実行層は必ず破綻します。逆に、この2つが具体的に書かれている企業は、多少のつまずきはあっても、半年後には軌道に乗っています。
【このセクションのまとめ】
- コンテンツは3〜5社の「型」を作り、業種・課題でグルーピングして再利用する
- データ取得設計はツール導入前に決め、アカウント単位の行動可視化を死守する
- ツール選定は「運用設計が固まってから」が鉄則、ベンダーデモを先に見ない
ここまでで、ABM失敗の7つのパターンを3層で整理してきました。次は、すでに停滞している自社のABMをどう立て直すか、具体的な3ステップを見ていきます。
【FAQ】
Q:すでにツールを導入して運用が止まっている場合、ツールを乗り換えるべきですか? A:すぐに乗り換える必要はありません。まず戦略層・組織層・実行層のどこに問題があるかを診断してください。多くの場合、ツール自体ではなく上位層に原因があります。ツール乗り換えはコストが大きいので、上位層を整えた上で、現ツールで本当に対応できないと判明してから判断します。
自社のABMを立て直す3ステップ
【このセクションのポイント】
- 立て直しは「診断 → 順序立て直し → 小さな成功事例」の3ステップ
- 戦略層から実行層の順で見直すのが鉄則
- すべてを一度に直そうとせず、小さく成功させて横展開する
ABMが停滞している状態から立て直すには、闇雲に施策を増やすのではなく、原因を特定してから順序立てて修正することが重要です。3つのステップで進めます。
ステップ1|どの層で詰まっているかを診断する
【このステップのポイント】
- 戦略層・組織層・実行層の順に診断する
- 上位層に問題があるなら、下位層の改善は後回し
- 質問への回答が「曖昧」なら、その層が詰まっている
診断は、上位層から順に質問に答えていく形で進めます。
戦略層の診断質問:「ターゲット30社を、所属業界・企業規模・課題の3軸で1分以内に説明できるか」「『なぜリードジェネレーションではなくABMなのか』を1文で言えるか」「3ヶ月後・6ヶ月後・12ヶ月後の達成目標が定量的に決まっているか」
組織層の診断質問:「ターゲットリストは営業との共同作業で作ったか」「推進担当の専任工数(最低0.5人月)が確保されているか」「営業マネージャーがABMプロジェクトの実質オーナーになっているか」
実行層の診断質問:「ターゲット業種・課題タイプ別のコンテンツ『型』が3〜5種類あるか」「アカウント単位の行動データが取得・集計できているか」「現ツールの機能の8割が運用できているか」
各質問に「はい」と即答できなければ、その層が詰まっています。複数の層で詰まっている場合、上位層から順に対処します。
ステップ2|戦略層→組織層→実行層の順で見直す
【このステップのポイント】
- 立て直しの順序は固定(戦略層→組織層→実行層)
- 順序を逆にすると、土台がないまま家を建てることになる
- 各層に2〜4週間の集中期間を取り、並行ではなく直列で進める
見直しの順序は、戦略層→組織層→実行層で固定します。
まず戦略層を2週間で立て直します。ターゲットアカウントの再定義、ABMでやる意味の言語化、定量目標の再設定。この3つを、経営層・営業マネージャー・マーケ責任者が同席する会議で決めます。ここを2週間以上かけても、決まらないなら、ABMをやる準備自体ができていない可能性が高いです。
戦略層が固まったら、組織層を2週間で整えます。ターゲットリストを営業と共同で再作成、推進担当の専任工数を経営層に承認させる、ABMプロジェクトのオーナーを営業マネージャーに正式に委譲する、の3点が中心です。
組織層が整ったら、実行層を4週間で立て直します。コンテンツの「型」を3〜5種類作る、データ取得設計を見直す、現ツールの運用範囲を再定義する、を進めます。実行層は範囲が広いので、4週間取ります。
並行して進めたくなりますが、上位層が固まらないまま下位層を動かすと、必ず矛盾が出て手戻りが発生します。直列で進めるのが結果的に最短ルートです。
ステップ3|小さく成功事例を作って横展開する
【このステップのポイント】
- 30社全社で一斉に立て直さない
- まず3〜5社で成功体験を作り、その後に拡張する
- 成功事例は「営業の語れる物語」として組織内で共有する
立て直しの最終ステップは、30社全社で一斉に動かすのではなく、3〜5社のパイロットアカウントで成功事例を作ることです。
3〜5社を選ぶ基準は、「商談化の確度が比較的高い」「営業マネージャーが個人的にも関心を持っている」「コンテンツの型が作りやすい業種」の3つです。この3〜5社に集中投下し、3ヶ月以内に1〜2社の商談化を目指します。
成功事例ができたら、その成功プロセスを「型」として言語化します。どのコンテンツが・いつ・どの担当者に届き・どんな反応を引き起こし・営業がどうフォローして商談化したか。この物語を社内で共有することで、ABM活動への支持と理解が広がります。
ここから次の10社、さらに次の30社へと拡張していくのが、立て直しの王道パターンです。最初から全社を動かそうとして、結局全社で中途半端になるのが、最も陥りやすい罠です。
【ABM立て直しチェックリスト】
立て直しを始める前に、以下の10項目を確認してください。
- ターゲットアカウント30社を、業界・企業規模・課題の3軸で説明できる
- 「なぜリードジェネレーションではなくABMなのか」が1文で言える
- 3ヶ月・6ヶ月・12ヶ月の定量目標が決まっている
- ターゲットリストは営業との共同作業で作成された
- 推進担当の専任工数が最低0.5人月確保されている
- 営業マネージャーがABMの実質オーナーになっている
- 業種・課題タイプ別のコンテンツ「型」が3〜5種類ある
- アカウント単位の行動データが取得・集計できる
- 現ツールの機能の8割が運用できる体制がある
- パイロット3〜5社を決め、3ヶ月以内の目標が設定されている
「はい」が7つ以下の場合、立て直しが必要です。「はい」が4つ以下の場合、戦略層からの全面的な再構築を推奨します。
【筆者の見解】
立て直しに必要なのは、新しい施策を追加する力ではなく、「やめる勇気」だと私たちは確信しています。
停滞しているABMには、半年〜1年の間に積み上がった、無駄な活動が必ず含まれています。送られているが反応のないメール、誰も見ていないレポート、形骸化した週次会議。これらをすべて一度止め、戦略層から作り直す決断ができるかが、立て直しの成否を分けます。
「これまでの努力を無駄にしたくない」という心理が働き、過去の活動を残したまま新しい施策を追加してしまう企業が多い。しかし、結果として活動量だけが膨らみ、推進担当の負荷が爆発し、再び停滞する。私たちが見てきた成功事例の多くは、立て直しの最初に「過去のABM活動を一度ゼロベースで見直す」という意思決定をしていました。
【このセクションのまとめ】
- 立て直しは「診断→順序立て直し→小さな成功事例」の3ステップ
- 順序は戦略層→組織層→実行層で固定し、直列で進める
- 30社全社で一斉に動かさず、3〜5社のパイロットから始める
ここまで、ABMがうまくいかない7つの理由と、立て直しの3ステップを見てきました。最後に、この記事のポイントを整理します。
【FAQ】
Q:立て直しに着手してから、再び成果が見え始めるまでどれくらいかかりますか? A:戦略層と組織層の立て直しに4週間、実行層に4週間、パイロット運用に3ヶ月で、合計5〜6ヶ月が目安です。早く成果を出したい気持ちは分かりますが、上位層を飛ばすと必ず再失敗します。半年腰を据えて取り組む方が、結果的に最短です。
まとめ
【この記事のまとめ】
- ABMの失敗は「戦略層・組織層・実行層」の3つに分類でき、表面的な症状は実行層に現れるが、根本原因は上位層にあることが多い
- 戦略層の失敗は、ターゲット設計の曖昧さと「ABMでやる意味」の言語化不足に集約される
- 組織層の失敗は、営業との分断と推進体制の脆弱さの2つが致命的
- 実行層の失敗は、コンテンツの型不足・データ取得設計の欠如・ツール過信の3つが代表
- 立て直しは戦略層から順に直列で進め、3〜5社のパイロットで成功事例を作ってから拡張する
【あなたが次に取るべきアクション】
立ち上げから3ヶ月以内の方
まずは戦略層の診断を最優先で実施してください。ターゲットアカウントの定義と「ABMでやる意味」の言語化が不十分なまま走り続けると、半年後に必ず停滞します。経営層・営業マネージャー・マーケ責任者の3者で、戦略層の3項目を1日かけて議論する場を設けることを推奨します。
運用6ヶ月〜1年で停滞している方
3層フレームで自社の状況を診断し、最も詰まっている層から立て直してください。多くの場合、組織層に問題があります。営業がターゲットリストに納得しているか、推進担当の工数が確保されているかを、率直に確認することから始めます。
1年以上経って形骸化している方
過去の活動を一度ゼロベースで見直す決断が必要です。送り続けているメール、形骸化した会議、使われていないツール機能、これらをすべて停止した上で、戦略層から作り直すことを検討してください。「やめる勇気」が立て直しの起点になります。
【さらに深く学びたい方へ】
ABMをこれから設計する方は、戦略立案の基礎から学べる関連記事もご覧ください。組織体制の整え方、ツール選定の判断基準、コンテンツ設計の進め方など、ABMの個別テーマを深掘りする記事を順次公開しています。
ABMの導入・立て直しでお困りの際は、フェノメノン株式会社がサポートします。15年以上のBtoBマーケティング支援実績を持つ私たちが、貴社の課題に合わせて、戦略層から実行層までの全体設計をご提案いたします。
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よくある質問
Q1:ABMはどれくらいの期間で成果が出ますか?
A1:3〜5社のパイロットで初期成果が見えるまでに3ヶ月、ターゲット30社全体で安定的な成果が出るまでに6〜12ヶ月が目安です。「半年で成果」を約束する記事もありますが、戦略層・組織層の整備期間を含めると、現実的には1年スパンで考えるべきです。
Q2:ABMとリードジェネレーションは併用できますか?
A2:併用すべきです。ABMは特定の重要アカウントへの組織的アプローチ、リードジェネレーションは幅広い見込み顧客の獲得という、補完関係にある手法です。リード獲得を止めてABMに全振りするのではなく、両輪で進めることでマーケティング全体の成果が最大化されます。
Q3:ターゲット30社は、業界別に絞るべきですか?
A3:必須ではありませんが、コンテンツの型を作りやすくするために、業界・課題タイプは3〜5グループ程度に集約することを推奨します。10業界に分散すると、コンテンツの型が10種類必要になり、現実的に運用できません。
Q4:中小企業でもABMは可能ですか?
A4:可能です。むしろ営業リソースが限られる中小企業こそ、ABMの「重要顧客への集中」という考え方が有効です。ただしターゲットは10〜20社に絞り、推進担当の工数も0.3人月程度から始めるなど、規模に応じた縮小設計が必要です。
Q5:ツールを入れずにABMを始めることはできますか?
A5:初期段階であれば可能です。ターゲット30社のリスト管理、コンテンツ配信、行動トラッキングは、Excelやスプレッドシート、汎用CRMで代替できます。ツールが必要になるのは、対象アカウントが100社を超えてから、または運用が3〜5名体制になってからが目安です。
Q6:営業がABMに非協力的です。どう巻き込めばいいですか?
A6:「巻き込む」のではなく「主役にする」発想に切り替えてください。営業マネージャーをABMプロジェクトのオーナーに据え、ターゲットリストの最終決定権を営業に委ねる構造を作ります。マーケがデータと施策実行を支援する役割に徹すると、営業の協力姿勢が変わります。
Q7:ABM活動の効果測定は、何を指標にすべきですか?
A7:最終KPIはターゲットアカウントからの商談化数・受注金額です。中間KPIとして、ターゲット30社中のエンゲージメント率(メール開封・サイト訪問・コンテンツ反応)と、アカウント別の接点数(複数の意思決定者への接触)を追います。リード数のような従来のマーケKPIだけでは、ABMの成果は測れません。
参考文献・出典
【SaaS・プラットフォーム公式】
- HubSpot「Account-Based Marketing (ABM) Strategy Guide」 https://www.hubspot.com/account-based-marketing ※ABMの定義および基本フレームの参照元として活用
- Salesforce「What is Account-Based Marketing?」 https://www.salesforce.com/marketing/account-based/ ※マーケティングと営業の連携設計の参考として参照
【公的機関・統計データ】
- 総務省「令和5年 情報通信白書」 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd000000.html ※BtoB領域におけるデジタル化の動向データとして参照
【業界団体・専門メディア】
- ITmedia マーケティング「ABM(アカウントベースドマーケティング)とは」 https://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/2308/30/news036.html ※国内BtoBマーケティングの実態把握の参考として活用
【Google公式】
- Google Search Central「検索エンジン最適化(SEO)スターターガイド」 https://developers.google.com/search/docs/fundamentals/seo-starter-guide ※コンテンツ設計のベースラインとして参照